雨の中の涙のように・・・

雨の中の涙のように、私の記憶もみな時と共に消えてしまうのか? そうなる前に日本内外問わず私の愛する漫画や映画、小説について書き残しておくブログ。

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進化する奇才『25時のバカンス 市川春子作品集(2)』

前作「虫と歌」で見せた才能はちょっとした衝撃だった。本物かどうか、試金石となる現在進行形の奇才の2作目。

25時のバカンス 市川春子作品集(2)(市川春子)

★★★★



この市川春子の2作目ではっきりしたことは幾つかあって、とりあえず言えることは彼女の才能が本物だったということ。「虫と歌」はまぐれではなかった。
そりゃそうだろ、と仰る方もいるかもしれない。でも2作目以降ガタっと作品の質が落ちる作家は少なくないし、1作目が良かったからこそ2作目への期待はもちろんだが、同じくらいの不安もあった。
もう分かっただろう、25時のバカンスを読むとそんな不安は粉々に消えてなくなった。表現はさらに洗練され、物語は深化している。

25時のバカンス 市川春子作品集(2)には表題作25時のバカンスを含む3話が収められている。
前作と変わらず人と人以外のものとの交流が叙情性豊かに語られる物語となっている。そういう意味で市川春子の描きたいものは以前と変わらず一貫している。

しかし明らかな変化も見受けられる。
虫と歌の記事で私はこう書いた。少しずつねじれていて、変質的で、痛すぎる、と。でも“痛さ”は25時のバカンスで“無機質な美しさ”に昇華される。
表題作「25時のバカンス」を見て欲しい。貝殻人間の体の中に手を差し入れる場面の何とエロティックなことか。「月の葬式」だってたまらない。月に生きた最後の男を蝕む奇病はその孤独と寂しさを哀しいほどに美しく表現する。「パンドラにて」だけはちょっと味わいが異なっていてそれも良い。宇宙空間での言葉にならない侵食はウイルスが染色体を注入するイメージからきているのだろうか。

もう一つ自分の中ではっきりしたことは高野文子と市川春子の違い。
市川春子はよく高野文子のフォロワーとされる。もちろん彼女の影響は顕著なのだけど、それは絵柄や表現技法など作画方面に偏っているように思われる。
高野文子がテーマありきで話を作るのに対して、市川春子はあくまで彼女の世界観に沿った話を作ることに力を傾倒する。SF的なガジェットだってあくまで世界観を装飾するための道具だ。その意味で市川春子の物語というのは以前紹介したポリス・ヴィアンと岡崎京子のうたかたの日々に近い。

25時のバカンスを読み解こうとするのは人ならざるものと交流することに似ているかもしれない。違うものを理解しようとする時に人間の美しさは垣間見える。
理系的な知識に裏付けられた物語はさらに美しさを増して、私達に豊潤な漫画体験をもたらす。類型化されていないこのような作品を切り捨てるのは簡単だけど、それゆえに私は2つとないものとして貴重に思うのだ。そして多分そんな人は少なくない。

[追記]
ダ・ヴィンチの11月号に市川春子のインタビューが載っていた。
彼女によると、“賢い人”は社会にその頭脳を還元出来る人で、“頭のいい人”は自分のために使ってしまう不器用な人らしい。今作「25時のバカンス」ではそんな頭のいい人達が愛するもののために奮闘するのが一つのテーマだったということ。

すごく納得した。それで「虫と歌」より読みやすくなっているんだなと。天才でも“頭のいい人”だからこそコメディ要素や憎めない部分が輝いて、人間らしい美しい心が際立つ。
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