雨の中の涙のように・・・

雨の中の涙のように、私の記憶もみな時と共に消えてしまうのか? そうなる前に日本内外問わず私の愛する漫画や映画、小説について書き残しておくブログ。

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世の中面白ければ何でもいいのさ『ディスコミュニケーション 学園編』

私のバイブル。

4063767701新装版 ディスコミュニケーション(4)学園編1 (KCデラックス)
植芝 理一
講談社 2013-01-23

by G-Tools
★★★★★


 
 新装版3巻までで終了した冥界編に続くのは2巻よりなる学園編。“あまりにも反響が大きすぎて”別冊で発売された2編も併せて収録ということでめでたい。まあ当時としてはあまりにアナーキーすぎる内容でシリーズの一部として収めづらかったものが、新装版では普通に収録されちゃうあたり時代がようやくディスコミに追いついたのだと言うべきなのか。

 この学園編の前半は重苦しかった冥界編と打って変わって、頭のネジがとにかくぶっ飛んだお話が続く。男の娘だったり、女の子の体に絵を描く行為だったり、パンチラだったり、今で言うフェティシズムが前面に押し出されているのも特徴で。まあただそんなフェチという言葉じゃ伝わらないほどこの頃のディスコミはイカれてる。少年女装コンテストやフェチの力を打ち破る馬鹿パワー、催眠術で幼稚園まで退行してのあずさちゃんとありかちゃんショー…。「おれは男の子でもすごくカワイイなら別にかまわないけど…」「ザワザワ、ドキドキ、ウオオオオ!!!」なんだぜ?
 男の娘の神無月くんなんて分かりやすいように、まあ半端なく時代の先を行っているんだよね。でも私にとってこの前期学園編の魅力は、アブノーマルなことをやってるはずなのに松笛が言う“世の中面白ければ何でもいいのさ”で普通なら絶対越えられないであろう倫理の壁をあっさりと飛び越していく所にあって。社会の規範がガラガラと音を立てて崩れていくのを私も戸川と共に聞いたのだった。

 要はいくら内容がアブノーマルであっても、そこに背徳感や背徳感から生じる快感はなかったわけ。あるのはアブノーマルであってもノーマルであっても訳が分からなくても、面白いものは面白いし好きなものは好きなんだよって真理だけであって…。松笛と戸川の元に相談に来る少年少女たちは、結局自分の性癖をあっけらかんと認められることで幸せになるのだった。
 私が今まで読んできたたくさんの漫画の中でもこのディスコミが一生のバイブルだろうなと思うのは、子どもの頃にディスコミからこの姿勢を学んじゃったからなんだよね。節操なく趣味の良いものも悪いものもよく分からないものも、色んな小説や漫画やアメコミや映画ををつまみ食いして、でも“世の中面白ければ何でもいい”んだから気負わず気にせず、好き勝手に楽しめばいいのさというディスコミイズム。良いのか悪いのか知らないけれど、これを読んでなかったら今頃違う人間になってたと思う。

 そして学園編後期はまたガラッと様相が変わる。背景までびっしりと描き込まれより幻想的で美しさを増した絵柄に移り変わるとともに、「げに尊きは彼女のふくらみ」「天使が朝来る」「夢の扉」の3編はこの霊感少年少女を鍵とした思春期の心の機微を描いたシリアスなテーマ性を持った作品ばかり。絵柄とともに内宇宙編に向かって作風が段々内向的になっている印象。
 この3編はどれも良いのだけれど、「天使が朝来る」は図抜けて素晴らしい。子どもが大人に変わってしまう、決定的で少し切ない節目、天使が降ってきて子どもを殺すその一瞬がこんな奇妙で素敵な物語で切り取られてしまう。子どもが大人になる嬉しくも切ない変化をここまで美しく独創的に視覚化しちゃうあたりが植芝先生の矜持なんだろう。傑作です。

 というわけでこの学園編はもちろんおすすめ。これからも一生私の大切な漫画であり続けるだろうなあ。
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