雨の中の涙のように・・・

雨の中の涙のように、私の記憶もみな時と共に消えてしまうのか? そうなる前に日本内外問わず私の愛する漫画や映画、小説について書き残しておくブログ。

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Gotham Central : Corrigan

今まで読んだバットマンのシリーズものだとゴッサム・セントラルが一番気に入ってるかも。
そのくらい感情揺さぶられた。

1401231942Gotham Central Book 4: Corrigan
Greg Rucka Ed Brubaker Kano
DC Comics 2012-05-01

by G-Tools
★★★★★


 
 エド・ブルベイカーはCriminalやFataleを描いていることからも分かるように、クライム・コミックがガチで出来る人だ。インタビューを読んでても、本当に好きで色んな作家読んでるもんなあ。グレッグ・ルッカも、未読だけれどアティカス・コディアックシリーズでデビューした人だから、多分クライムものやサスペンスには詳しいのだろうと思う。そんな二人のライターが、クライム・ノベルの文脈をヒーローものに適用したのがこのゴッサム・セントラルだった。

 結果としてゴッサム・セントラルはノーランの映画のそれよりも、はるかにシリアスなバットマン作品として成功しているように感じた。そもそもノーラン三部作でシリアスなバットマンとして成功してたのはジョーカー大活躍のダークナイトだけだった気がするのだけれども。ジョーカーが“Why serious?(なにマジになってんの?)”と突っ込んでくれるだけであの映画のリアリティの境目は曖昧になったもんね。
 ゴッサム・セントラルの方をより違和感のないシリアスなバットマンとして楽しめたのは、やはり焦点を当てられたのがバットマンではなくてゴッサム市警の刑事たちだったからだと思う。例えば仮にシリアスなウルトラマンを描こうとした時に、主人公となるのはやはりウルトラマンではなくてウルトラ警備隊の面々なのじゃないかってことで…。バットマンや狂気のゴッサムローグギャラリーにしろ、ウルトラマンや怪獣たちにしろ、それは線を踏み越えた日常の外にあるものだから。ジョーカー、そしてバットマンだって、普通の側から眺めた時に初めて異物として、侵入者としてシリアスなものになる。

 ゴッサム市警の面々はどうしようもない巨大なものに、絶望に、何度も何度も打ち砕かれる。ゴッサムにおいてそんな巨大な力はただの犯罪者じゃない。ジョーカーやMr.フリーズのような関わってしまえば取り返しのつかないものであり、何よりも大きな絶望はバットマンなのだ。
 ゴッサムにおいて正義を守るためには、バットマンとヴィランの戦いに足を踏み入れなけれないけない。でも普通の、一介の刑事がその狭間に足を踏み入れた場合、その結末は一つしかない。ジョーカーに囚えられた記者を助けようとしたネイトは命を懸けても彼女を解き放つことはできず、バットマンが爆発の間際で記者を救う。そしてネイトは英雄にもなれずに死ぬのだ。この『Corrigan』におけるDead Robinの犯人だってその想いは似たようなもので…。そこには慈悲も救いもない。

 だからこそ、このゴッサム・セントラルにおいて最大の敵はヴィランじゃない。英雄になれないこの街で戦うことを諦め、不正を働く同僚たちだ。絶望して戦うことをやめてしまうことだ。捜査の影で貴重な証拠をちょろまかしてネットオークションで売り払うコリガンからは、他のどんなヴィランにも負けないような吐き気を催す邪悪を感じたし、そしてそんな邪悪がCorriganⅡでの絶望の結末につながっていく。

 読んでいて暗澹とした気分にならないといえば嘘だけれど、やっぱりその核にはヒーローものを読むカタルシスがあるんだよね。ヒーローになれずに、そして同僚を亡くしながら、それでも戦い続けるゴッサム市警の刑事たちは、その姿そのものがバットマンに負けないくらいヒーローだから。それは華がなくて切ないものではあるのだけど、より身近なもので…。
 ある意味で彼らはバットマンよりも強く描かれてるんだよなあ。アラン・ムーアのキリングジョークにおいて、バットマンとジョーカーは狂気に足を踏み入れ、ゴードンは踏みとどまる。ゴッサム・セントラルにおいて相棒を亡くしたドライバー、そしてチャンドラーは絶望の末に立ち上がる。でもレニー・モントーヤは立ち上がれない。CorriganⅡはモントーヤのクエスチョンとしてのオリジンでもあるのだけれど、彼女は戦うことをやめ、線を踏み越えてしまう。感じるのはジョーカー、バットマン、クエスチョンの弱さであり、ドライバー、チャンドラー、ゴードンの強さだ。ゴッサムにおいてでさえ、闊達に冗談を言いながら犯罪に向き合い、腐らずに常人として戦い続ける彼らはバットマンに負けないくらい格好よくて、ある意味ではより強くて、そして身近なヒーローだった。だから唯一残念だったのはCorriganⅡが最終回であったことだよなあ。あの事件を乗り越える姿こそを見たかったし、もう少し前向きな終わり方がこのシリーズには相応しかったように思う。
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