雨の中の涙のように・・・

雨の中の涙のように、私の記憶もみな時と共に消えてしまうのか? そうなる前に日本内外問わず私の愛する漫画や映画、小説について書き残しておくブログ。

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亡くなったものが今蘇る『屍者の帝国』

待ちに待ってました。

4309021263屍者の帝国
伊藤 計劃 円城 塔
河出書房新社 2012-08-24

by G-Tools
★★★★★


 
 この作品が刊行されるまでの経緯というのは色んな所で語られている(詳しく知りたい方は河出書房新社公式HPのあとがきに代えてを参照するのおすすめ→)ので改めてここで書くことはしないけれど、そもそもこの経緯自体が既に極上の物語となってしまっているし、実際に円城塔が屍者の帝国を完成させてしまったということ自体が一つの奇跡だ。
 ハーモニーについての書評では、意外なほどに病床にあった伊藤計劃と物語を深く絡めて書いてあるものは少なかった。その安易な結びつきで作品を語ることを嫌った人も多かったのかもしれない。しかし屍者の帝国に至っては、もはや作品自体が伊藤計劃の死と不可分な域に結びついてしまったように思える。

 19世紀、イギリス全盛のヴィクトリア朝時代。ヴィクター博士が開発した意識のない屍者、フランケンシュタインは世界中で兵士等の労働力として普及・必須の存在となっていた。医師であり屍者技術士であるワトソンは英政府のスパイとして任務を受けるうちに、屍者の秘密へと近づいていく…。

 いわゆるスチームパンク的な歴史改変もの。ただし動力源は蒸気ではなくて屍者。同時代の偉人から吸血鬼ドラキュラや名探偵ホームズのキャラクターまで、虚実入り乱れて様々な人物が交錯しながら物語が進んでゆく。
 このように、円城塔とは思えないほどのエンタメ的な展開が非常に楽しい。読みながら平野耕太の絵を想像してしまったのはヘルシングつながりだけではないよなぁ笑。ただ無闇に格調高い語り口と回りくどい言葉遊びに伊藤計劃らしさを感じつつも、やはりどこか違うのか物語が最高に楽しい一方で文章にはのめりこみずらい部分もあったりする。しかしこの作品の真価は中盤以降。

 およそ30ページほどの伊藤計劃によるプロローグから読み取れることはそんなに多くない。ヴァン・ヘルシングやホームズの兄であろうM、そして恐らく怪奇小説家の(H・R・)ウェイクフィールドの登場からは、当時のヴィクトリアン文学や怪奇文学から物語を織り成そうとしていたことは伝わってくる。
 また骸泥棒(ボディ・スナッチャー)は、細部は異なるが前後のエピソードから考えると「ジキル博士とハイド氏」の作者であるR・L・スティーヴンソンの同名短編(邦題:死体泥棒)が元ネタだろうか。この短編では、勝手に死体を商業的に価値ある「モノ」として利用される世界への嫌悪が描かれ、死体泥棒は馬車で殺したはずの死者と再び対面することになる。もちろん屍者の帝国で出会ったのは屍者だったようだが…。このことやハーモニーの仮題が「生命の帝国」だったことからもハーモニーの先を見据えていたことは間違いないように思える。

 屍者の帝国が大傑作だと断言してしまうのは、円城塔が最後にはこれらを全て包み込んでしまうという奇跡を成し遂げてしまったから。不可分となってしまった伊藤計劃の死、パロディ満載の冒険活劇、書きかけの作品を引き継いだこと、亡くなってしまったものを蘇らせること、「意識」と「言葉」を巡るハーモニのその先…物語自体がその成り立ちから何まで全てを語ってしまっている。円城塔は一旦死んでしまったかのように見えた作品にこれ以上ないほど霊素を書き込んでくれた。
 間違いなく冷静に語ることのできる作品ではないし、後の世代がどう見るかは分からない。しかし同時代に生きて伊藤計劃の作品を魅せられた人にとっては本当にこれ以上のものはないよなぁ。泣けないわけはないし、震えないわけがない。伊藤計劃の作品を同時代に読んでこれて、そして屍者の帝国を今読めて本当に良かった。円城塔にはこの作品を書き上げてくれたことに感謝するばかりです。ありがとうございました。
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| 小説 | 01:53 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

「ありがとう」のただ一言

私は実は伊藤さんの作風が苦手で、「虐殺機関」も「ハーモニー」も一応読んだんですけどあんまりピンと来なかったんです。
円城さんの作品の、全然わかんないけど軽快で洒脱でギャクっぽい味が大好きな、円城派だったんですよ。
だけどこの「屍者の帝国」に関しては、どう見ても伊藤作品でありながら最終的に円城作品でもあるという、すごく読みやすい本になってて、初めて伊藤計劃の作品にハマることが出来ました。

同時代の有名人物が次々登場して大乱闘、という方向は多分伊藤さんが目指していた方向なんだろうし、アノ、「意識」をめぐる新説もいかにも! って感じだし。

更に、屍者の蘇り・自動筆記など、作品世界と作品の成立事情とを重ね合わせる書き方で、メタフィクションとしての完成度が凄い。

伊藤さんのファンではないので、この作品が彼の最高傑作なのかどうかは分かりませんが、円城さんの現時点での最高傑作なんじゃないかとは思います。
そして今回、こんなにもパラメータを上げてしまった円城さんが次に挑むものが楽しみでなりません。

そしてとにかく、この作品と伊藤・円城さんに対しては「ありがとう」、もう本当にこの一言ですね!

| イザク | 2012/08/30 07:57 | URL |

Re: 「ありがとう」のただ一言

私はその逆で伊藤計劃の方が好みなんですよね。
円城塔の魅力ももちろん分かるのですが、文章等若干とっつきずらい印象があります。

最高傑作かどうかはなかなか判断が難しいですね…。
あのメタ的なラスト含め、伊藤計劃の死を体感した私達のための作品という面がすごく強い感じがします。
後の世代が読んだ時に楽しめはしても、私達ほど感動できるとは考えずらいのかなぁと。
もちろん私にとってはかけがえのない作品です!

円城塔のこの先も本当に楽しみですね。
ひたすら感謝しつつも、これ以上の作品を期待して待ちたいと思います。

| 骨付きタロー | 2012/08/30 22:46 | URL |















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