雨の中の涙のように・・・

雨の中の涙のように、私の記憶もみな時と共に消えてしまうのか? そうなる前に日本内外問わず私の愛する漫画や映画、小説について書き残しておくブログ。

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共に生きる怪奇『百物語』

夏なので怪奇を読もう!の②

4101149135百物語 (新潮文庫)
杉浦 日向子
新潮社 1995-11

by G-Tools
★★★★★


 
 久々に最近寝る前にこの百物語を読み返していたのだけれども、いやぁ止まらない。とりたててインパクトのあるわけではなくて、ただそこにあって身体の中を通り抜けていく怪奇。あと一話あと一話と思いながら、ついつい眠さに耐えられなくなるまで読み続けてしまった。

 百物語は杉浦日向子が紡いだ九十九の掌編からなる江戸怪奇集。当時の色んな百物語から杉浦日向子が選び抜き、仕立て直したとびっきりの江戸の不思議なお話が行灯の光にのせて語られていく。

 杉浦日向子の作品に総じて感じることだけれども、この人の想定読者って現代に生きる私達ではないのではないかと時に思ったりもする。何というか、言葉等が私達にも理解できるよう翻訳されている一方で、物語の感覚は江戸にあったものそのままなんじゃないかと。そのくらいの江戸への没入感。
 だからこそ、その異質さに戸惑ったりもする。例えば「ゑひもせす」では忠臣蔵の物語に打ちのめされながらも、個人的にはその世界には未だ馴染めていなかったりするわけで。でもこの百物語は一度慣れてしまえば、本当に江戸へとトリップできる。自分の感覚が江戸のそれになってしまったかのように思える。

 江戸の感覚、というのは常に怪奇が隣にあったということだ。死んだ父に出会っても、人魚や天狗を垣間見ても、それらは当然のようにそこに存在する。相当に奇妙な話にも関わらず、本当にあったかのように語られるのではなくて、本当にあったものとして語られる。他愛のないものも、ぞっとしてしまうものも、ひたすら不思議なものも、突如降りかかってくる災いというわけではなく、ただただそういうものとして人々に馴染んでいる。
 そんなこんなしていると、いつの間にか私自身が江戸の怪異を聞かされ、江戸の人々に出会ったような気がしてくる。聞かされた話を今度は自分が他の人に話してやりたくなってくる。多分そんな風にしてこれらの話も語り継がれて来たのだろう。

 特にお気に入りは「絵の女の話」「他人の顔の話」「長持の中の話」あたり。ただ特に印象に残っていない話でも、それはそれとして同じくらい愛すべき話であるように思う。ただそこにあるだけの話だからこそ。

 今さら私が言うまでもないのだけれど、百日紅と並ぶ杉浦日向子の名作なので読んでない方はぜひ。しかし名作という大仰な言葉はこの作品に似合わないな。怪奇が心を揺さぶるのではなくて、ただただ怪奇が寄り添ってくれる。そんな愛すべき怪奇集。
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